例外教育の危険性

初等教育においては、正しい事と誤った事ははっりと分けて教える必要性がある。それは まだ独自に判断する能力がそだっていないからだ。

正義とか悪というはっきりと識別し難いことは、お話を通じて伝えるか、実際の生活の中の身近な出来事として、判断を誤る可能性があることを前提として、考えさせる必要がある。しかし日常の道徳的なことは、判断力がついた者がはっきりと教える必要がある。

この前の出来事ですが、坂越のシンボリックなものとして造られてた「とうろん台」の横のきれいに整備された芝生上に、おそらく地域の人が許可を出したのでしょうが、車がたくさん止めてあった。小さな子供とおばあさんをつれたご家族の方が、そこに車を止められ、降りてこられた。そして小さな女の子が、おばあさんに「こんなきれいな芝生の上に車を止めてもいいの」と質問した。おばあさんは少し困惑し、「他にもたくさん車を止めているからね」と答えられ、女の子は「ふううん」とうなずていた。

このままこの子が大きくなれば、きれいに整備された芝生の上であっても、おそらく車を平気で駐車したり、立ち入ってはいけないような所でも立ち入るようになるのではないでしょうか
やってはいけない行為に一度例外を設けると、それを回避させるには、言い訳けが必要になります。そしてその言い訳けがたとえ正しくても、回避できないリスクを追わざるを得なくなるのです。例外を造ることの難しさはそこにある事をもう少し深く考えて行動しなくてはと考えます。
ちなみに「とうろん台」横の芝生はとうろん台を引き立たせるためにあるもので、とうろん台とは一対のものとお考えください。