例外教育の危険性

初等教育においては、正しい事と誤った事ははっりと分けて教える必要性がある。それは まだ独自に判断する能力がそだっていないからだ。

正義とか悪というはっきりと識別し難いことは、お話を通じて伝えるか、実際の生活の中の身近な出来事として、判断を誤る可能性があることを前提として、考えさせる必要がある。しかし日常の道徳的なことは、判断力がついた者がはっきりと教える必要がある。

この前の出来事ですが、坂越のシンボリックなものとして造られてた「とうろん台」の横のきれいに整備された芝生上に、おそらく地域の人が許可を出したのでしょうが、車がたくさん止めてあった。小さな子供とおばあさんをつれたご家族の方が、そこに車を止められ、降りてこられた。そして小さな女の子が、おばあさんに「こんなきれいな芝生の上に車を止めてもいいの」と質問した。おばあさんは少し困惑し、「他にもたくさん車を止めているからね」と答えられ、女の子は「ふううん」とうなずていた。

このままこの子が大きくなれば、きれいに整備された芝生の上であっても、おそらく車を平気で駐車したり、立ち入ってはいけないような所でも立ち入るようになるのではないでしょうか
やってはいけない行為に一度例外を設けると、それを回避させるには、言い訳けが必要になります。そしてその言い訳けがたとえ正しくても、回避できないリスクを追わざるを得なくなるのです。例外を造ることの難しさはそこにある事をもう少し深く考えて行動しなくてはと考えます。
ちなみに「とうろん台」横の芝生はとうろん台を引き立たせるためにあるもので、とうろん台とは一対のものとお考えください。

戦後70年

戦後70年、私は戦後の昭和29年生まれで敗戦直後のジリ貧の時代を知らない。神武景気に後押しされた恵まれた時代の生まれである。しかし その当時はまだ 今とは違って古き良き日本人の心というものが生きていた気がする。社会生活の中で身をもっていろいろなことが学べた。友人と取っ組み合いの喧嘩をすることで、友情の大切を学び、山に行ってあけびや山ももを取って皆で分け合って食べた。平等の精神はそういった中で育まれた。だから困った友がいれば、素直に声を掛けることができた。

でもいつ頃だろうか 損得ということを考えるようになり、優秀や否やという感情で人を見るようになった。競争社会に身を置くようになり、以前の自分が壊れていった気がする。それは決して悪いことではないと自分に言い聞かせながら、今日まで生きてきたがあの古き良き心がどことなく失われていった。戦後は貧乏だったが、今は貧困の中にいる思いである。貧乏にはプライドが持てるが貧困にはそれがない。

そしてあれほど華やかだった社会が、気がついてみれば孤独な一人暮らしの中にいる。孤独死、無縁死という言葉さえ聞かれる世の中である。とりわけ地方においては限界集落が増え、自治の崩壊が始まっている。我が町坂越も高齢化率は30%に迫ろうとしているこれが現実なのだ。まるで古き良き昭和の時代が理想郷にしか思えない。

しかし行政には、この問題に対する明確な対策がない。

私は失われた古き良き心を取り戻すことが、今の世の中を平成の理想郷へと導く一つの方法ではないかと考える。国、県、市が何もできないなら個人が立ち上がらなくてはどうしようもならなくなってしまう。皆で考え、行動することが一番大切だ。今こそフロンティア精神を振るい立たせよう!