坂越町紹介

坂越の町は瀬戸内海に面した穏やかな町です。北側は千種川による扇状地が開け、海側は山が海に迫り、その間にあるわずかな平地に部落があるといった町です。近世・近代を通じて、坂越は西播磨有数の港町として栄えた、その街並みは太平洋戦争の被害を受けなかったことで、現在でも良く保存されている。
十七世紀後半、坂越は廻船と漁業で大いに儲かり、町へ多くの人が外から流入した。町は新興産業都市となったが治安が悪く、無秩序的な町となった。
十八世紀中頃には坂越の有力者により神社仏閣の造営、修理が集中的に行われ、無秩序であった町が整備されていった。
十九世紀後半 坂越の廻船業者は塩廻送で大儲けし、西播磨の物資の集積地となった。このころ町は新築ブ-ムで現在ある多くの民家はこの時代に建てられたものである。民家の多くは江戸風様式で建てられている。

昭和の四十年代までは、繊維工場が進出、また隣町の相生では造船所ができ
坂越の人口は倍増し、大いに賑わった。しかし今はそのブ-ムも去り町は静まりかえっている。
今では埋め立てが進み町も随分変わりましたが・・・昭和30年代ぐらいまでは砂浜や砂利浜があり、夜は静寂の中に潮騒が聞こえ風情がありましたが、今は防潮堤にぶつがる波の音が聞こえますが、なんとなく趣に欠けます。私の中にあるノスタルジックな思いがそうさせるのかもしれませんが・・
 坂越のメインとなる所は形成景観地区に指定されできるだけ昔の趣を残すようになっています
しかし少子高齢化と大きな企業の撤退で人口が激減し、昔のような活気に欠ける町になりました。